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2012年1月26日 (木)

市川森一氏を偲ぶ記念礼拝(111)

 朝からボタン雪の舞う1月24日、午後は冷たい風のなかにも良いお天気になりました。母校の鎮西学院では、中学部の卒業生で、学院の理事・評議員を務めておられ、昨年12月10日に急逝された、故市川森一さんの記念礼拝が行われました。ご遺族・ご親族、全校学生、生徒や諫早市長ほか一般市民の方、卒業生ら多くの人々、約1,200人の出席のもと、式次第にしたがい、粛々と進行されました。

 講堂の壇上には、在りし日の市川さんの遺影が飾られています。つい3か月前の昨年10月22日の創立130周年記念講演では、この同じ講壇で、在校生に「希望の丘へ」と題して、在校時代の思い出話を入れながら、「希望を持って夢を追いかけなさい」と、熱く語りかけてくださったのに、今日はお写真だけで、もう、あの優しいお声を聞くことはできません。

 高校吹奏楽部の「威風堂々」の演奏に合わせて入場し、安置されたご遺影は、中学の帽章を付けた帽子を斜めに被り、ちょっと気取った、在校時代に皆からそう呼ばれていたように、思わず「シンちゃん!」と声を掛けたくなりそうな、可愛い写真でした。

 愛唱しておられた讃美歌を出席者一同で、また讃美歌122番(みどりもふかき)を高校コーラス部が合唱全校生徒によるハレルヤコーラスが講堂いっぱいに響き渡りました。きっと天国の市川さんに届いたと思います。

 最後に遺族謝辞では奥様の美保子様が、「鎮西学院の130周年のときの記念講演が最後の講演となりました。生徒の皆さん、市川のことを忘れないでください」と感慨深く述べられました。

 ご自分の育った「ふるさと」をこよなく愛され、あっという間に天国へ旅立ってしまわれましたが、市川さんのことを私たちはずっと忘れません。どうぞ安らかにお眠りください。

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(「蝶々さんの梅」が蕾を付けていました。次回に載せたいと思います) 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

故市川森一さんが同じ母校だったのですか。
テレビやラジオ・新聞等で良く見たり聞いたり呼んだりしました。
惜しい人が早く無くなってしまったこと残念です。

ツーカーさん、こんばんは。
 市川さんは、ちょうど私と入れ違いに中学部に入学されました。
 何があるときにも必ず母校に駆けつけてくださっていた市川さん、
まだまだご活躍いただきたかったのに、ほんとうに残念です。

熊のKさん おはようございますcat
市川森一さんを偲ぶ会の様子はテレビのニュースで見ました。
長崎の事をドラマにされたり、おくんちや地域の行事に講演会にと
関わってこられて、長崎が愛された方でしたね。
まだまだ活躍して欲しかったです。

熊のkさん~おはようございます~
市川森一さんが亡くなられた事をニュースで知り驚きました。
とても穏やかに良く解る話をされる方でしたね。
熊のkさんと同じ鎮西学院でしたか?
本当にもっと活躍して欲しかった思い出しょうね。
残念でたまりませんね。ご冥福をお祈り致します。

初コメント失礼します(‐^▽^‐)ブログよませてもらってます(o^-')bファンです(笑)活気お普段はあまりコメントはしないんですけど、結構チェックさせてもらってるのにコメントしないのもアレかなって思いまして(苦笑)今日はコメントしてみました(照)というかココログ会員じゃなくてもコメントできるんですね…知らなかった(汗)もしよかったらメアド載せとくのでメールしましょー(´∀`)なかよくしてくださいです(* ̄Oノ ̄*)

まりこさん、こんばんは。
 初コメント、有り難うございました。
 いつも、私の拙いブログをお読みくださっているとのこと、
嬉しく思います。
気紛れな更新ですが、これからもよろしくお願いいたします。

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